5.夢のあとさき その3 〜終戦。北方領土〜

ポツダム宣言受諾を告げる玉音放送が流れて3日後の1945年8月18日、ソ連軍はカムチャツカ半島対岸の占守島に上陸し、千島列島への侵攻を開始した。日本軍は当初、これに激しく抵抗したが、北千島に続きやがて中部千島でも武装解除に応じる。ソ連軍はさらに28日、択捉島に上陸し、9月5日までに北方四島すべてを占領してしまった。


 当時、国後島留夜別村植内の女子中学生だった星友子さん(66)=札幌市在住=は、自宅の裏山で目にした光景を忘れられない。何気なく沖合を見たところ、大きな船が猛スピードを出し、一直線に前浜に向かってくるところだった。「慌てて浜に行ったら、兵隊が船からはしごを下ろし、ずぶぬれになって上陸してきた」。船はソ連軍の上陸用舟艇だった。
 軍は北方四島に上陸後、まず日本将兵の武装解除を行い、郵便局などを占拠、通信を遮断した。混乱の中、民家に侵入して金品を略奪する兵隊もいたという。

 植内の人びとはひそかに話し合い、2回に分けて漁船で集団脱出することを決意する。ソ連兵に気付かれないよう、家族の一部が第一船に乗り、残った家族の到着を北海道で待つことにした。星さんは「月明かりのないやみ夜、祖母らと4人で第一船に乗り、大勢の人と一緒に船底に潜り込んだ」という。
 無事、根室に着いてから毎日、弟をおぶって港に行き、第二船を待った。およそ一カ月後、父母らと再会することができた。

 各島からの脱出はソ連侵攻直後から始まり、シケによる遭難が多かったにもかかわらず、1946年夏ごろまで続いた。脱出者数は約9400人といわれ、北方四島の敗戦当時の島民17000人余の半数に上った。


 北方四島周辺は「世界三大漁場」の一つとされ、コンブ漁が盛んだったほか、カニ缶詰工場や捕鯨基地が活況を呈していた。海で遊べば、子供にもホタテやエビ、イカなどの魚介類が面白いようにとれた。

 択捉島留別村で駅逓を営む家に生まれた佐藤正二さん(61)=根室市在住=は「夏から秋までサケ・マスが川に文字通り白波をけ立て、そ上する。それにぶつかってしまうから川では泳げない。それほど自然が豊かだった」と振り返る。島民らは野菜を自家栽培しながら、豊かな海の幸を楽しみ、ゆったりとした暮らしをしていた。

 ところが、ソ連軍が進駐して、そんな生活が一変する。択捉島は北海道から遠いため、小さな漁船では脱出が不可能だった。他の島にも、機会を逃し身動きできない人びとがいた。島民らは軍政下、夜間の外出を禁じられ、隣村への通行にも許可が必要になる。民政移管後も、漁場や工場などの指定された職場で就労する日々が続いた。

 引き揚げが始まったのは1947年7月。連絡を受けてから、身の回りの品だけ持って海岸に急ぎ、はしけから輸送船に乗り込んだ。しかし、船は眼前の北海道に直行せず、樺太の真岡(ホルムスク)に向かった。
 真岡に到着後、衛生状態の悪い収容所で待機しているうちに、死者が次々と出た。悪夢のような生活に耐え、ようやく日本の引き揚げ船で函館を目指した。

 佐藤さんは同年夏、はしけから輸送船によじ登り、「行き先もわからないまま、船倉に押し込まれた」。当時はまだ小学4年生。真岡から乗った引き揚げ船が北海道に近づくと、夜中も甲板に立って、島影に目を凝らした。「ああ、これで帰れる」と思い、張り裂けんばかりの興奮が体を巡ったという。


北方四島からの引き揚げ者のうち、根室に移り住んだ人は約6割に上る。歯舞諸島の勇留島で生まれた高橋孝志さん(65)=根室市在住=も、その一人だ。
 高橋さんはソ連軍進駐の当時、中学生だったが、体が大きかったせいか、民家を解体する労働に就かされた。しかし、ロシア人の暮らしぶりを見ていると、缶詰工場で働くだけで、野菜栽培の農作業をしない。「子供心にも、彼らは島で生活できないとわかった。ここは日本なのだから、ロシア人はそのうち出ていく、と思っていた」という。

 高橋さんが家族と函館に着いたのは1947年の初冬。「父は島で漁をしていた。援護担当官から問われ、『島に帰るのが一番。だから根室に行く』と答えていたのを覚えている」。多くの島民が函館から根室に向かったのは、帰郷できると信じていたからだった。
 ところが、ロシア人は島を去らない。多くの島民は代々伝わる家の財産をすべて失っていた。1945年7月の米軍機空襲によって焼け野原になった根室で、暮らしの糧を得るため職探しから始めるほかなかった。

 国後から集団脱出した星さんが無念の思いを込めて語る。「女たちは自分の着物を麦に代え、黙って苦しい生活を支えた。島民にとって本当の『戦争』は、根室にたどり着いた戦後に始まった」と。

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